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2013/12/16更新





 クラミドモナスは単細胞性の緑藻の一種です。身近な池や川などでごく普通に見られる生物です。細胞の大きさは約10マイクロメートルぐらいで、鞭毛、核、葉緑体、ミトコンドリア、眼点などから成るシンプルな単細胞生物です。効率よく光合成を行うために、眼点で光の来る方向を認識し、鞭毛を使って光に向かって泳ぎます。
クラミドモナス  

 クラミドモナスは、1)シンプルな単細性の真核生物であること、2)増殖が早いこと、3)雌雄の区別があり遺伝学的解析が可能なことなどから、優れた実験モデル生物である酵母に例えて「Green yeast(緑の酵母)」と称されます。ただし、酵母でできる実験は酵母でやればよいわけですから、クラミドモナスは「酵母ではできない研究」において最も力を発揮するモデル生物と言えるでしょう。たとえば、葉緑体(光合成)や鞭毛の研究がそれに当たります。モデル生物としての有用性から、全ゲノム配列も解読されました。分子生物学・分子遺伝学・細胞生物学的実験のツールも整いつつあり、今後さらに多くの研究者に利用されるモデル生物になるに違いありません。

 クラミドモナスは比較的古くから概日時計の研究に利用されてきました。1970年代の前半、ショウジョウバエやアカパンカビでリズム変異体が単離され時計遺伝子の存在が示唆され始めた頃、クラミドモナスでも走光性の概日リズムを指標にリズム変異体がいくつか単離されました。その後もいくつかのリズム変異体が単離されたのですが、残念ながら今日に至るまで原因遺伝子は突き止められていません。
 1980年代にショウジョウバエやアカパンカビで時計遺伝子がクローニングされて以降、マウス、シロイヌナズナ、藍色細菌でも時計遺伝子がクローニングされ、クラミドモナスは時計遺伝子の研究に関しては完全に遅れをとってしまう結果となりました。しかし、概日時計の生理学的な知見はその間も着実に蓄積し、走光性以外にも走化性、細胞分裂、細胞表面の性質、核および葉緑体の遺伝子発現、紫外線感受性、雌雄の接合活性などに概日リズムが観られることがわかってきました。また、スペースラボミッションD1において、クラミドモナスは宇宙に送られ、宇宙でも概日時計が動き続けることを実証することに貢献しました。

 真核細胞のモデルとして酵母は非常に優れていますが、残念ながら明瞭な概日リズムを示しません。よって、概日時計の研究は「酵母ではできない研究」のひとつです。そうなるとクラミドモナス(Green yeast)の出番なのですが、実際にはほかの概日時計モデル生物に大きな遅れをとってしまっているのが現状です。しかし、私はまだ遅くないと考えています。いったん実験系が確立すれば、Green yeastの強みを活かして研究は一気に進むと考えています。クラミドモナスは概日時計研究が進んでいる生物の中においては希少な単細胞真核生物です。真核細胞内でいかにして時が刻まれ、さらにそれがいかにして様々な生命現象に反映されるのかを分子レベルで詳細に解析できる貴重な実験系になるに違いありません。
 とりわけ、葉緑体や鞭毛の制御機構においてはベストのモデル系と言えるでしょう。また、クラミドモナスは進化的な観点からも興味深い生物です。時計遺伝子はこれまでに発見された生物種(動物、陸上植物、菌類、藍色細菌)の間で保存されていません。緑藻は、進化的な位置においてはそれらの生物のうちでは陸上植物と最も近く、また、葉緑体の起源は細胞内に共生した藍色細菌であると考えられています。一方で、鞭毛や動物型のトランスポーター遺伝子を持つなど、動物的な側面も持っています。クラミドモナスの時計遺伝子を研究することで、概日時計の進化に関する重要な知見が得られるかもしれません。

 私たちはまず、クラミドモナスの概日リズムを簡単に観察出来るようにしました。そのために、クラミドモナスの葉緑体のゲノムにホタルのルシフェラーゼ遺伝子を組み込みました。葉緑体の遺伝子発現は概日時計に制御されますので、この“葉緑体発光レポーター株”の発光は概日リズムを示します。このレポーターを使って、葉緑体の概日リズムが核の制御下にあることを明らかにしました(Matsuo et al., Mol Cell Biol, 2006, 26:863-70)。

 この論文に関するレビューが出版されました(Reviewed by Breton and Kay, Genome Biol, 2006, 7:215)。

発光クラミドモナス

 次に私たちは、クラミドモナスの時計遺伝子の探索を始めました。発光レポーター株を使ってクラミドモナスのリズムを簡単に観察出来るようになりましたので、この発光リズムを指標にして、リズムのおかしくなった変異体を多数分離し、原因遺伝子を次々と同定していきました。最終的に30個の概日リズム関連遺伝子を同定することに成功しました。そのうち、変異により概日リズムに特に深刻な異常を引き起こす6個の遺伝子をクラミドモナスの時計遺伝子と位置づけました。それらの時計遺伝子の配列の特徴から、クラミドモナスの概日時計は「陸上植物の時計に似た部品」と「緑藻独自の部品」から成るハイブリッド型の時計であることがわかりました。この研究で発見した遺伝子群は指標とした葉緑体のリズムにちなんでRHYTHM OF CHROLOPLAST (ROC)遺伝子と命名し、現在精力的に解析を進めています(Matsuo et al., Genes Dev, 2008, 22:918-30)。

 この論文はGenes Dev.誌巻頭のPerspectiveで紹介されました(Reviewed by Brunner M, Merrow M. Genes Dev., 22, 825-31, 2008)。  関連する新聞報道(読売新聞、毎日新聞、中日新聞、日刊工業新聞)、テレビ報道(NHK)

遺伝子

 ROC遺伝子の解析を進める過程で、そのひとつであるROC15遺伝子の産物(ROC15タンパク質)は、細胞が光を浴びた直後に急速に分解されることを発見しました。この分解には、同定した別のROC遺伝子の産物であるROC114が関わっていました。ROC114はその配列の特徴からユビキチンリガーゼのサブユニットと推測されていましたので、ROC15をユビキチン化して分解へ導く過程に関わっていると推測されます。ROC15の分解を引き起こす光の波長は、概日リズムの時刻を調節する光の波長と極めてよく似ており、この現象が概日リズムの時刻調節に関わっていることが示唆されました。実際、ROC15遺伝子の変異株においては光による概日リズムの時刻調節が上手くいかないことを確認しました。この研究成果からは、クラミドモナスと昆虫(ショウジョウバエ)概日時計の共通性が見えてきました。それはすなわち、どちらの生物の概日時計も主要な構成因子(時計タンパク質)のひとつが光により急速に分解されることで概日時計の時刻が調節されるという特徴です(Niwa and Matsuo et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 13666-13671, 2013)。

関連する新聞報道(中日新聞科学新聞日経産業新聞)、NURハイライト

遺伝子

1,光によるROC15の分解を引き起こすメカニズム
 ROC15の光による分解は、赤色光で特に強く誘導されます。しかも、人間の目で見えるか見えないかぐらいの弱い光でも起こります。このような波長特性を持つ光受容機構はクラミドモナスでは見つかっていません。ROC15の光による分解を誘導するメカニズムを探っていくことで、新しい光受容・伝達メカニズムが見えてくると期待されます。現在、ROC15とルシフェラーゼの融合タンパク質レポーターを用いて、関連する遺伝子を網羅的に探索しています。いくつかの新しい(これまで誰も解析していない)遺伝子がいくつか見つかってきています。今後、それらの解析を進めていきます。

2,緑色植物の概日時計が時間を計るメカニズム、その起源・進化
 クラミドモナスの時計遺伝子は、陸上植物の概日時計および光周性花成制御因子とある程度(コードするタンパク質のモチーフ構成)の共通性が見られます。一方、緑藻独自の時計遺伝子も持っています。これらの事実から、陸上植物と緑藻の時計は共通のシステムを起源とし、その後それぞれの生存戦略に応じて独自の進化を遂げたのであろうと推測しています。陸上植物と比較しつつ、緑藻の概日時計の分子レベルの解析を進めていくことで、緑色植物の時計の進化の過程が見えてくると期待しています。現在、分子生物学的手法を用いて、各時計遺伝子やその産物(時計タンパク質)の解析を進めています。

3,概日時計がオルガネラを制御するメカニズム
 クラミドモナス細胞の特徴は、なんといっても葉緑体と鞭毛です。細胞の体積の大半は葉緑体が占めています。そして細胞と同じかそれより長い2本の鞭毛を使って泳ぎます。私にとって興味深いことは、光合成や走光性といったこれらのオルガネラに関連する現象が概日時計によって制御されていることです。クラミドモナスは概日時計によるこれらのオルガネラの制御メカニズムを研究する格好のモデル生物です。時計遺伝子が同定された今であれば、そのメカニズムを分子のレベルで説明出来ると期待出来ます。
 葉緑体に関しては既にルシフェラーゼ遺伝子(緑に発光)を導入して遺伝子発現のリズムを観察することに成功しています。さらに時計遺伝子のある核にも異なる色のルシフェラーゼを導入することで、核(時計)と葉緑体のリズムを同時に観察し、両者の時間情報のやりとりを詳細に解析しようと試みています。

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