高等植物の生物時計の解明

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「概日リズム」とは?

藍色細菌(原核生物)からヒトに至るほとんど全ての生物の生命活動は、24時間周期のリズム(「概日リズム」と呼ばれている)を示します。概日リズムは普遍的な以下の3つの性質(概日リズムの3条件)を備えています。(1)約24時間周期のリズムが自律的に継続する(自律継続性)。(2)生理学的な温度範囲においてリズム周期が温度環境に影響されることなくほぼ一定である(周期の温度補償性)。(3)光や温度など外部からの刺激に対してリズムのタイミング(位相)を変化させることでリセットすることができる(位相変化とリセッティング)。そして、概日リズム発振の細胞内メカニズムを「生物時計」、生物時計を構成する(リズム発振に必須な)遺伝子を「時計遺伝子」、生物時計の調節に働く(リズム発振の必須因子ではない)遺伝子を「時計関連遺伝子」と呼んでいます。

 

生物時計の分子メカニズム: 「フィードバックモデル」

これまでにショウジョウバエ、ヒト、アカパンカビ、藍色細菌などの生物で時計遺伝子がクローニングされ、生物時計の分子メカニズムが少しずつ解明しつつあります。これらの生物間に共通する時計遺伝子は発見されていませんが、リズム発振の分子メカニズムに対して普遍的なモデルが提唱されています。このモデルは「フィードバックモデル」と呼ばれており、時計遺伝子が自らの遺伝子発現を「正と負のフィードバック」によって制御することでリズムが発振される、というものです。また、古くから概日リズムが「リミットサイクル」と呼ばれる数理モデルを満たすことが知られていましたが、この「フィードバックモデル」は「リミットサイクル」に合致しています。

 

「フィードバック」を必要としないリズム発振

最近、近藤(名大・生命理学)のグループは、常温性藍色細菌Synechococcus sp. strain PCC 7942の時計タンパク質KaiA、KaiB、KaiCとATPを特定の条件で混合することで、試験管内(in vitro)でリズム発振が起こることを発見しました。この結果は、これまでリズム発振の本質と考えられてきた遺伝子発現のフィードバックを介さずにリズム発振が起こることを示しており、「フィードバック」がリズム発振の本質なのか?」、「生物間でリズム発振の本質が異なるのか?」、「時計タンパク質はどのようなメカニズムでリズム発振しているのか?」など数多くの疑問が湧いてきます。また、概日リズムの普遍的性質の一つである「周期の温度補償性」のメカニズムも未解明です。このように多くの解決すべき課題が山積しています。

 

高等植物の生物時計に関して

高等植物においては、気孔の開閉、葉の就眠運動、胚軸伸長、光合成、光周的花芽形成、など多くの生理現象が生物時計によって制御されています。また、遺伝子発現の多くが生物時計によって支配されています。このように、生物時計は生長・分化といった農業生産性と密接に関わっていますので、このメカニズムを解明することは、とても重要な課題です。近年、高等植物の生物時計の研究は、モデル高等植物の一つであるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を研究材料として進められています。しかし、高等植物においては、時計遺伝子が未だ確定されていない状況です。シロイヌナズナにおいて「時計遺伝子」候補(「時計候補遺伝子」)としてTOC1/PRR1PRRファミリー、CCA1LHYなどの遺伝子がクローニングされ、TOC1/PRR1を「正の因子」、CCA1LHYを「負の因子」とする「フィードバックモデル」が提唱されています。しかし、この「フィードバックモデル」には、多くの問題点が存在しています。中でも最大の問題点は、これらの「時計候補遺伝子」個々の機能欠損がリズムを消失させないことです。つまり、これらの「時計候補遺伝子」はリズム発振に必須ではない、ということです。「時計遺伝子」が壊れてしまったらリズムが無くなってしまう、と考えるのが自然ですが、この問題点は遺伝子重複によって説明されています。しかし、「負の因子」とされているCCA1LHYの二重機能欠損変異体が概日リズムを示す、ことが報告されており、単純な遺伝子重複では説明できません。「高等植物にはリズム発振に必須な遺伝子が存在しないのか?」という根本的な疑問が湧いてきます。これまでの高等植物の時計遺伝子探索は、大規模かつ網羅的には行われていませんでした。これは、高等植物の概日リズムを効率よく測定するための実験系が整備されていなかったため、リズム変異体を大規模にスクリーニングすることが困難であったということに最大の原因があります。既知遺伝子よりも重要な遺伝子(「真の時計遺伝子」)が未発見である、という可能性がとても高いのです。

 

我々の研究目的と戦略

 我々は、藍色細菌で既に成功を収めている「生物発光リアルタイム測定法」を活用した「正の遺伝学的アプローチによる時計遺伝子の網羅的クローニング」を高等植物に拡張することにしました。そして、高等植物の時計遺伝子を網羅的にクローニングして生物時計のモデルを構築する、ことを第一の目的としています。そにために以下の順序で研究を進めています。

(1)再現性良く綺麗なリズムを示すシロイヌナズナの「生物発光レポーター株」を作製する。

(2)規模なスクリーニングを迅速かつ高精度に行うための「生物発光リアルタイム測定・スクリーニングシステム」を開発する。

(3)「生物発光リアルタイム測定法」を最大限に活用して「生物発光リズム」に大きな異常を示す「リズム変異体」を網羅的にスクリーニングして分離する。

(4)「リズム変異体」の原因遺伝子として「時計遺伝子」と「時計関連遺伝子」を網羅的にクローニングする。

(5)クローニングした遺伝子の機能解析を行い、生物時計のモデルを構築する。

(6)「時計タンパク質」と「時計関連タンパク質」の構造―機能相関を明らかにする。

 

シロイヌナズナのリズム変異体の網羅的分離

リズム変異体を効率良く分離するためには、再現性良く綺麗な概日リズムを示す標準株(野生型)と概日リズムを簡便かつハイスループットに測定するための測定系が必要不可欠です。そこで我々は、「生物発光リアルタイム測定法」を最大限に活用するための実験系の整備を行いました。まず、シロイヌナズナのGI遺伝子とFT遺伝子のプロモーター領域と改良型ホタルルシフェラーゼ遺伝子LUC+を接続した発光レポーター遺伝子を作製し(1)、これを野生型Col-0株に遺伝子移入して独自の「生物発光レポーター株」を作製しました。GI::LUC+株とFT::LUC+株は、いずれも再現性の良い綺麗な生物発光リズムを示しました(図1)。次に、生物発光リズムをハイスループットかつ高精度に測定するための「生物発光リアルタイム測定・スクリーニングシステム」を開発しました。GI::LUC+株とFT::LUC+株に対してEMSで突然変異を誘発し、生物発光リズムに大きな異常を示すリズム変異体を大規模スクリーニングしました。その結果、10万個体のM2植物体からリズム変異体を35個分離しました()。分離したリズム変異体のリズム表現型は、無周期型、短周期型、長周期型、位相異常型など多種多様でした(図2)。生物発光リズムが無周期になった無周期変異体は6個分離できました。遺伝学的な解析から、これらの無周期変異はいずれも核に生じた劣性一遺伝子変異であり、3つの相補性群PHYTOCLOCK 1 (PCL1), PCL2, PCL3に分類できました。


 

時計遺伝子PCL1のクローニングと解析

無周期変異の原因遺伝子の一つであるPCL1においては、2つの対立変異体pcl1-1pcl1-2が分離できました。pcl1-1pcl1-2どちらの変異体も、生物発光リズム(図3)、就眠運動リズム、遺伝子発現リズム、のいずれも無周期でした。また、光周的花芽形成においては、野生型が長日性を示すのに対して、pcl1変異体は日長不感受性でした図4)。これらの結果から、PCL1遺伝子は高等植物の「真の時計遺伝子」であると考えました。そして、PCL1遺伝子をマップベースクローニングしました。PCL1遺伝子は「GARPモチーフ」と呼ばれるDNA結合領域をもった核局在性のタンパク質をコードしており(図5a5b)、転写因子として働いていると考えられました。PCL1-GFPまたはGFP-PCL1融合タンパク質を植物細胞で一過的に発現させると、核局在が確認できました(図5c)。PCL1ホモログ遺伝子はイネ、タバコ、マツ、ジャガイモなど高等植物一般に広く存在していました。

PCL1遺伝子の発現は日周変動しており、既知の「時計候補遺伝子」の発現を正または負に制御していました。また、PCL1遺伝子は自身の発現を負の自己フィードバック制御していることが分かりました(6)。これらの結果から、PCL1は高等植物の「真の時計遺伝子」であると結論しました(7)。現在、PCL1のより詳細な解析を進めると同時に、これ以外の遺伝子のクローニングも順次進めています。